雨。
この時期の雨は、一雨降るごとに寒さが増す。
秋から冬への季節の移ろいを感じる雨が、その日は朝から降っていた。
午前7時30分。
小生は訪問者を待っていた。
仕事終わりのシャワーを浴び、エサをせがむ2匹の飼い猫の頭をひとしきり撫でたあと、缶詰を開けて出してやる。
夢中になって缶詰をむさぼるも、そのほとんどを残して興味がうせるのはいつものこと。
それを横目に、訪問者が来るまでの1時間をTVゲームで時間を潰そうとしていたが、ふと携帯電話がなっていることに気付く。
着信音を消していたので、正確には音が鳴っていたわけではないが、見知らぬ番号からの着信であった。
もしもし━━━━━
訪問者からの電話であった。これからそちらへ向かうとの電話をわざわざ1時間前に入れてくるとは、なかなか律儀ではあると思ったが、確認の電話をいれるには少し早すぎるのではないかという気もした。
しかし妙だ。
予定の時間までまだ1時間もあるのに、まるで今から出発するかのような口ぶりであった。
小生の住まいは中区。ここまで1時間掛かるようなところから出発するのだろうか?なんとも不可解な電話ではあったが、そこまでこちらが心配してやるようなことでもない。要は予定の時間にさえ来てくれればいいのだから。
ゲーム内でやるべきことがあったが、思った以上にスムーズに終わってしまい、20分ほど何もせず、ただTVを眺め、猫を眺め時間を潰していると、訪問者が現れた。
そう、この訪問者とは引越し業者である 。
このもうすぐ2017年も終わりというこのときに小生引越しをしようというのである。
ラジオなんかでよくCMをしている某引越し業者比較サイトを利用して、このあとも何件かの引越し業者の営業マンの訪問の約束が控えているのだが、彼はその一人目である。
インターホンの音に驚いて2匹の猫は一目散に物陰に隠れる。ドアを開け、そこに立っていたのはいかにも引越し業者の営業マンというナリをした青年であった。
概ね、これまで出会った引越しやさんの営業マンのスーツ姿は野暮ったい。ありていに言えばまぁダサいのである。
コレだけIT化が進んでいる世の中であっても、主に紙ベースの書類や資料がほとんどで、タブレットを使って云々という事は考えていないらしく、カバンも非常に大きく重たそうだ。小生が15年前にやっていた悪徳布団販売業者のそれと大差ない。
その青年を部屋に招きいれて、とりあえずなかの運び出すものを見てもらう。
所詮ワンルームの部屋においてあるものなので、一瞥するだけで何があるのかは簡単に把握できる。あとは日程や値段をどうするかという交渉だ。
とりあえず、この場で決めるつもりはない。なにせこのあとも引越し業者はやってくるのだから、たったの1件だけで決めてしまうような愚かなマネはしない。まずはその青年がだす見積もりを小生は静かに待った。
見たところ小生よりもずっと若い営業マンである。聞いたところ24歳。ほう、酉年で小生と同じなのか・・・。
新卒で入って2年目。確かにしゃべり方はおぼつかない。というよりぶっちゃけほとんど何を言っているのか分からないぐらい舌が回っていない。
彼の様子からは、営業部に配属されて日が浅いことが伺える。研修で教わったことをしっかりと実践してはいるが、まだまだ自分の営業スタイルというものが確立されていない様子であった。
彼は営業所に電話をし、見たものを報告し、トラックの空き状況などを確認してもらって、営業所からの折り返しの電話を待つ。その待つ間、彼は自信の会社がいかにすばらしいのかということを、しっかりとトレーニングされている人間の口調で話すのだが、いかんせん滑舌が悪すぎてほとんど頭に入ってこない。小生自信も特段興味のあることではないので、彼の滑舌どうこう以前に聞く気はそもそもないのだけども、その二つが重なって本当にどうでも良く感じてるところへ、彼は一石を投じる。
青年 : もし本日決めていただけるのであればですね・・・
きたきた。
即決を取りに来ましたよ。
まぁ営業マンですからね。このあと他の営業マンが来るということもあえて話して有りますからね。そりゃここで決めてしまいたいですよね。
しかし、
小生:いやー今日この場では決められないよ。他のとこの話も聴いてみたいしね。
と、ここはやんわりNOを返す。
ところがこの青年、細面な見た目に似合わずなかなかガッツがあり、そのあとの引越し内容のサービスの説明をするところでもちょくちょく「本日決められないですか・・・?」をはさんでくる。
その度に小生もやんわりと返すのだが、彼はここで思いもよらない矢を放ってくる。
青年 : 今日ですね、僕自転車で来てるんですよ!だから今日やっていただけませんか!
なんと、そういうことだったのか・・・。
妙に早いタイミングで確認の電話をいれてくるなぁと思ったら、自転車で来るからだったのか・・・。
彼のその話に小生も思わず『マジで!?』とリアクションし、かなり心を揺さぶられてが、彼が自転車で来ているから小生が契約するというのは、これはちと筋が通らない。
小生 :まぁそれは大変だと思うけどさぁ・・・。今日は決めないよ。
青年 :そうですか・・・。
少し間をおこうとトイレに立つ小生。
トイレの中で過去の自分を思い出す。
自分が営業マンで会った時のことを・・・。
うっかり遠方のアポが入ってしまい、そこへ行くには朝の6時に家を出て、電車を乗り継いで、8kmほど歩いていかなければいけないところであったが、いくしかない。しかも契約が取れなければ、その際に掛かった往復の交通費は自腹になってしまうのだ。きつかったなぁ・・・。取れなかったもんな、あの豊橋の材木工場・・・。
気を取り直してトイレから出た小生。
ここでうっかり聞く必要の無いことをきいてしまう。
小生 : 営業所はどこなんです?
まったく聞く必要の無い質問であった。
青年 : 名東区です。
小生 : 名東区!?名東区からここまで、この雨のなか自転車できたの!?
青年 : 途中まで乗せてもらいましたけどね・・・。
小生 : いや全部乗せてもらえよ!
確かに、彼から貰った名刺の住所は名東区となっている。彼の勤める引越し会社はTVCMを昔からやっている最大手とも言っていいぐらいの規模の会社だ。確か東証1部上場していたのではないか。そんな上場企業がこんなブラック企業まがいの事をやらせるなんてと驚愕してしまった。
小生 : そ、それは大変ですね・・・。今日はこのあとのアポがあるんですか?
これまた聞かなきゃよかった質問である。
青年 : はい、この後は長久手のお客様のところへ・・・
小生 : 長久手!?
小生の住まいから彼の事務所のある名東区を通り過ぎて長久手市まで自転車でいくというのだ、この冷たい雨の中を・・・。
ここまでの話の中で、小生は彼の今日決めて欲しいというのを全て断わっている。今日は決めないよと。
しかし、彼はこのあとどうなるのだろうか。小生の家を出た後、名東区から中区まで自転車で行かせる様な上司がロクな人間であるはずが無いので、ネチネチと嫌味を言われるのだろう。そこから長久手まで雨の中自転車で向かって、その長くてでも契約が取れなかったら・・・。
小生 : わかった、やるわ!
決めてしまった。
自分がイヤでイヤでしょうがなくなった営業職で、まだ彼のような先のある若い力が、訳のわからないしきたりなのかルールなのかしらないが、理不尽な使われ方に同情してしまった・・・。
お人よしにも程がある。彼と契約せずに返すことが物凄く悪い気がしてしまったのだ・・・。
別に小生の良い人自慢をしたいわけではない。むしろ愚かであるとしか言えない。だってこのあとの引越しやさんの方が安くやってくれるかもしれないのに。
そのあと、約束の会った引越しやさんに適当にうそをついてごまかす小生であった。
以上
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